フリーランスをしている友人から、こんな悩みを打ち明けられました。
「他人がまぶしく見える」
「みんな信念を持って仕事をしている。それに比べて自分には信念と呼べるものがない」
この友人は独立してまだ数ヶ月。
「そりゃあ、あったほうがいいけれど、信念なんて最初からあるほうが稀」
と僕は思いました。むしろ信念を持っていない人のほうが多いから、それがある人間が目立つように感じます。
「焦らなくていい」というのが僕なりの答え。今回はこの信念というものの考え方について、いくつかの処方箋をお伝えしていきたいと思います。
信念はあるものではなく見つかるもの
信念がある人間は最初から「あった」ように見えます。
自分の想いや考え方をくっきり言語化できているし、話せば共感もしてもらいやすい。心が感化されるような経験を、あなたもしたことがあるかもしれません。
しかし、いろいろな人の話を聞くなかで感じるのは、信念は何かしらのきっかけがあって生まれたものだということです。
後でも書きますが「自分が感動したこんな世界を知ってもらいたい」とか、「あの時感じたこんな憤りを解決したい」とか。
他人と比べることはオススメしませんが、誰かの行動に心打たれて、ということもあるでしょう。
一方で、自分にウソをついてまで借り物の信念を掲げるほど情けないものはないと思います。人の話を聞いていて、「それっぽさ」「どこかで聞いたことある感」を感じたらそれです。
名著『ビジョナリーカンパニー』シリーズには、ある成長企業において、経営者ほか幹部が何日も缶詰になって企業理念をつくりあげたというエピソードがあります。
この話は、想いはあってもなお、信念を言語化することはモヤモヤとして苦慮する作業ということを僕たちに教えてくれます。
信念はあるものではなく見つかるもの。
なおかつ、自らの手で磨き続けるもの。
それくらいの感覚でいいのではないでしょうか。「焦らなくていい」と最初にお伝えしたのはこのような理由からです。
他人と比べるのは仕方がないけれど…
「隣の芝は青く見える」というように、「ないもの」が多いほど他人と比べてしまうものです。きっと現代人の習性なのでしょうね。
こんなことをいっておいてなんですが、僕自身、人一倍比べたがりです(汗)。
けれど、10年以上ビジネスをしている人でも「昔は他人と比べてばかりだった」「そのたびに卑屈になった」という話をしていて、ずいぶん気が楽になったものです。
やっている仕事も違います。
環境も持っている能力も違います。
土俵が異なるのですから、違って当然。もし冒頭の彼のように起業して間もないなら、経験だって及ばなくて当然です。
一度、自分にこう問うてみてください。
比べている相手は誰? と。
それはたぶん、同業か、近しい職業の人のはずです。そのような人たちを、ポジティブかつ戦略的に研究してみてはいかがでしょう?
- 比較相手の成功要因は?
- 逆に、足りないところは? 勝てるところは?
参考書にする、といえばわかりやすいかもしれません。そして、自分が及ばないところはじっくり腰を落ち着けて埋めていき、勝てるところはもっと伸ばす。
意識したことはなかったけれど、この人のこういう強み・方法・キャッチフレーズは自分にも重なるところがあるかもしれない。といった発見もきっとあります。
手前味噌ですが、「ステップバイステップで整理してわかりやすく伝える」という僕のモットーは、ある方のキャッチフレーズをパクったものです。昔、編集者をしていた頃に実用書を多く手がけていたという根拠もしっかりあって。
また、「青く見えない」であろう異業種や、自分の過去の経験にも目を向けてみるといいです。そこから、今のあなたに転用できるテーマが見つかることもきっとあるから。
他人と比較して悩んでしまうのは、自己PRのためにきれいに整備された表面的なところしか見ていないからだと思います。
よくのぞき込んでみてください。見方を変えればヒントの宝庫ですよ。
引き出しを増やすしかない
少しノウハウ的なことに寄ってしまったので、話を戻します。
信念の話。これは「ある」ものではなく「見つかる」ものだとお伝えしました。
信念の芽になるものは、なんとなく思うところはあるけれど言語化できていたかったり、過去の自分のなかで眠っていたりするものです。
「出てこい!」といって芽を出すものではありません。自己を内省したりして出てくることもあると思いますが、正直難しい。
なぜなら、そんなことを今までの人生で経験したことがないからです。ほとんどの人間が。
ですから、一番簡単なのは他人を通して自分を知ることです。他者の力を借りること。
この人の考えや価値観には共感できる。自分にも通じるところがある。
あるいは、その考え方には同意できない。自分は嫌だ。というように。
大事なのは、ここからさらに一歩踏み込んで、「なぜそう思うのか」という理由を洗い出すことです。そこに、自分の信念を知るヒントがあります。
そしてこの作業は、人と会う数を増やして引き出しを持てば持つほど研ぎ澄まされていきます。
偏りのようなものが生まれてきて、自分の信念がくっきり輪郭を帯びていくと思います。
逆に、引き出しづくりにしっかり向き合わないと、他人の言葉を取ってつけたような薄っぺらいものにしかならないのでご注意を。
実際こういう人を見ていて確かなのは、メッキはすぐに剥がれるということです。
いいことも悪いことも飲み込んで心豊かでいよう
ここまで書いてきたことは理屈のうえのことなので、感情的に避けたいこともあるでしょう。
それも踏まえていえることは、
いいことも悪いことも好きなことも嫌なこともぜんぶ飲み込んで、心豊かでいよう
ということです。
信念を持って行動している人ほど、何にでも興味関心を持ち、人と多く会い、分け隔てなく体験を重ねています。
また、身近な感動や憤り、悔しさが信念に変わっていくのだと思います。
ええんですよ。
感情豊かに振る舞っちゃえば。
むしろ、鬱々と感情に蓋をしたり、他人に関心を向けないほうがよほどツラくなります。
人前ではある程度の節度は守りたいものですが、考えも価値観も凝り固まった人間になるほうがつまらないです。
好きな言葉があります。
自分の感情が「快」に触れるポイントと、「不快」に触れるポイントを知ること
美味しいものを食べることは快だし、人と触れ合うことも快だし、どこかへ出かけることも、いっぱい寝ること(笑)も僕にとっては快です。
地元の町の川べりを犬と散歩しているときに見える、夕闇が空へ落ちていくグラデーションが好きです。
不快なのは、「こう」と決めつけたり決めつけられたりすること。
きっと、僕とあなたでは快・不快はまるっきり違うはずです。あなたにとってのそれはなんですか?
元も子もないですが、「信念」なんて硬い言葉を使うから迷ってしまうのかもしれません。
ただ感受性豊かに!
日々を過ごしていきませんか?
そしてフッと湧いた気づきを逃さず、大事に手に取って眺めてみてはいかがでしょう?
まとめ
信念を持っている人のほうが、人間として素敵。年齢もやっていることも想いも違っていても尊敬できます。
でも、繰り返しますがそういう人だって最初から明確な信念を持っていたわけではありません。
手痛い失敗、悔しさ、葛藤。転んで転んで転びまくって今があるという話はよく聞きます。
他人にいっさい弱みを見せない人より、そういう人のほうが好きになれませんか?
信念を持つ目的は、自分に興味関心や「好き」という感情を持ってもらうこと。
ですから、人間性を磨かないことには得られないと思います。
信念はあるものではなく見つかるもの。
堅苦しいことを考えず、まずは選り好みせずに引き出しを増やすことから始めてみませんか?
また僕でよければご相談に乗りますよ♪
僕自身も地元内外のいろんな人に助けられて今の「信念」があります。
無料相談へぜひ〜。まずはざっくばらんに、あなたのことをお聞きしたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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